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「で、それ引っ張り出してきてそんなに見てるんだ」
実習最終日に貰った、クラスの生徒達からの寄せ書き。帰って来てからずっとそれを眺めている僕に、羽留子が料理をしながら言った。
「『絵を褒めてくれて嬉しかったです。ありがとうございました。先生はきっと素敵な先生になれると思います。頑張って下さい。すずめ』だって。頑張って下さいか、他のみんなも応援してくれてる、すげー嬉しかったのに、免許だけ持ってて教採受けてないなんて、なんか申し訳ない気持ちになっちゃうなあ」
「ノリが自分で決めたことなんだから後ろめたくなる必要ないじゃない」
二人だけの時、羽留子は僕を伐史、とかノリ、とか下の名で呼ぶ。僕も彼女のことを大学では鷹野先生、二人の時は羽留子と呼び分けている。研究室の所属学生と指導教員という関係上、付き合っていることが周りにばれると、大学ではよくある話だとしても、やはりやりにくい。
「教師にはなれないって思っただけで、他に進む道が決まったわけじゃない」
「何かを掴むだけじゃなく捨てることも選択の一つだよ」
「怖かったんだよね、自分の一挙手一投足が生徒に与える影響が大き過ぎてさ。何の気なしに言ったこととか咄嗟の行動とかで、交友関係が変わったりクラスが団結したり、神のお告げ受けたみたいな顔で感心されたりすんごい悩ませちゃったり。良い方向に影響したこともあるしさ、それがやりがいなんだろうけど、なんか怖くて僕には無理だった」
「それはわかる、私もそうだから」
ご飯出来たよ、と羽留子が言う。狭いキッチンで二人引っ付くようになりながらハンバーグとサラダを白米を器に盛り、ローテーブルへ運ぶ。向かい合って座り、いただきますと手を合わせ、食べ始める。
「絵を褒めて貰って、って何?」
寄せ書きの錫匁のメッセージについて、羽留子が僕に聞いてきた。
「ああ、あの子美術部だったんだよ、部活覗いた時なんかすげー怖い絵描いてて、半抽象だったんだけどなんだろう、地獄みたいな雰囲気の、いやはっきりとは覚えてないんだけどさ、なんかすげー怖かったってのだけ覚えてるんだよね。でもめちゃくちゃ上手かったんだ。で褒めて、そのことだと思う」
「ふうん」
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