ー過ぎ去りし日

3/8
前へ
/288ページ
次へ
 しつこく鬱陶しいばかりだった小言も、次第に聞き流せるようになった。ひとつシャツのボタンを閉めるようになった。次第に絆されていくのがわかった。それが、恋心に変わっていくのは、智哉にとって自然なことだった。  真摯に向き合おうとしてくれる人。自分を自分としてみてくれて、正しい道に引っ張り戻してくれようとする人。特別な存在だと思うようになった。 「九条くんの卒業式が楽しみ」 「なにそれ」 「初めて、自分の受け持つ生徒の卒業式はきっと特別よ。それに、九条くんのことは人一倍世話を焼いたんだもの。立ち直って、晴れやかに卒業していく姿を見るのはとても感慨深いでしょうね」  そう言って笑った彼女に、いつしか自分も共に卒業式の日を迎えることを目標にするようになった。彼女が望むその日を、凛々しい姿を見せたいと思うようになった。  授業にも出るようになった智哉を、彼女はとても喜んでくれた。いつも向けてくれる笑顔に、いつだって抱きしめたい感情に襲われる。好きだ。自分のものにしたい。そんな感情が日に日に強くなっていった。
/288ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1153人が本棚に入れています
本棚に追加