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私の勤め先はこの電車に三十分ほど揺られ、さらに別の電車に乗り換えていくところにある。片道一時間ほどかかるが、交通費は会社からのサポートでほとんど賄えているし、実家住まいなので、貯金もしやすい。貯金の使い道は特に定まっていないが、いつの日かの結婚資金か子どもの学資にでも充てるだろう。 車内は静かだ。乗客のだれもが朝の気だるさを背中に担ぎ、肩を落としている。車内に満ちた気だるさは人が声を出すことを阻んでいる。前かがみの姿勢のまま人々は携帯を眺めている。 この国の情報端末の普及率は高い。働き盛りの勤め人は手元の携帯を片手で操作し、世界情勢の俯瞰的に眺め、年配になってくると朝礼で話す小噺のネタ収集に精を出している。あとはソリティアか麻雀だ。高校生は英単語帳を眺めるか、動画サイトで投稿者が造りだした奇々怪々な液体を興味なさげに眺めていた。 電車は次の駅で人を入れ替え、越県のために長いトンネルに入った。 入れ替わりで電車内の密度はさらに高くなった。例えばここで、怪獣か巨人が現れて、電車の屋根を引っぺがしたとしたら、そこには笠の黒いえのきの株がぎっちりと詰まっているように見えるだろう。 ふわふわと中身のない妄想を膨らませ、天井を見やった。天井には空調が連なっているがまだあまり働いていない。彼らの本番は来月末からだろう。ところで、手元の参考書に目を落とした。 くだらないな。 妄想の風船はひゅうとしぼみ、現実に引き戻される。越県して次の駅につくまでには15分ほどを要する。少しくらいは読んでおかないと。
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