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思えば、私は子どもの頃からそんな役回りだったかと思う。
弟たちは私よりフットワークが軽く、母のDIY要求を巧みにかわしてきた。私はぼんやりとしているうちにいろいろな家の面倒ごとに組み込まれていた。
電車はトンネルを抜けた。線路は高速道路の下をくぐり、街の中心部へと続いている。一回りも二回りも大きくなった建物の間を走り続ける。線路の下には片側4車線もある車道に車がずらっと並んで信号が変わるのを待ちわびている。
今読んでいる参考書だって、私の仕事にはまったく関係はない。
だが、あると便利だと理由で、母から資格取得を言いつけられている。
律儀に守ることもないと周りからは言われるが、どうにも断り切れなかった。確かにあれば便利なものであるし、必要性も納得できてしまったからだ。
我ながら、なんとも流されやすい性質だなあ。
またぼんやりと車窓の外を覗くと文字が空を舞っているのが見えた。
『所 路 区 有 1 分 線 相 格 3 続 地 8 税 建 価 築』
参考書の文字たちが電車を追いかけてきていた。
もちろん夢なのだろう。私はすでに夢の中に入り込んでいるようだ。空に舞う文字は単語にも熟語にもならず、時折互いにぶつかり合いながら、なおも電車を追ってくる。
法改正で相続税が改定された。消費税も近々また上がるのだろう。計算がややこしくてかなわない。何かしらの比率を示す数字がてんでバラバラに近づいては離れてを繰り返す。
この参考書を読み終えたらどうなるだろう。試験をするっと通ることができるだろうか。いや、これらは最低限の基礎知識に過ぎない。まだまだ知識をなぞっているだけでは私にとって何の役にも立たない。時間だけを食いつぶしただけに収まってしまう。これらを使いこなすにはどうすれば良いだろう。過去の出題を確認し、判例・事例を読み解く。契約の根底には信義則が存在する。法的弱者は誰か。利益の偏りを解消するには。分からない。点と点がつながらない。
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