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丸と四角は互いに罵倒のボキャブラリーが尽きたのか黙ったままにらみ合っている。芸人ならキスでもしそうな勢いだが、そんな展開はそれこそだれも望まない。 なにより不憫なのは移動時間を睡眠時間の補てんに充てている座席を獲得した乗客たちである。もちろん私も含まれている。丸と四角が騒ぐものだから目が冴えてしまった。我々は移動時間がかかる代わりに座ることができる。同僚たちと同じように働いても帰宅に時間がかかる我々はその分睡眠時間を失っているのだ。大事な休息時間を奪われた我々こそ最も不憫であると私は思う。 四角はつり革にもたれるようにつかまりながら、下から見上げるように相手をにらんでいる。丸い方は毅然とした態度で相手を見下している。 5分経った。そろそろ次の駅に到着する。 周りは車内にはしらけた空気が広がっている。もう終わっているのだ。お互いにもう冷静になっているだろう。でも引くに引けない。相手が目をそらすまで。誰かが止めに入るまで。 誰も止めないし、収めようなんて露ほども思わない。関わろうとなんてしない。 私もようやく心拍が落ち着いてきた。次の駅で私は降りなければならないのだが、入り口近くであれらが突っ立ったままだと邪魔だな。
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