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二
春―。
「ここが貴族や富裕層ばかりがいる街だなんて、嘘っぱち。信じちゃいけないよ」
と、くりくりの瞳をしたソフィアが、力のこもった言い方をした。頭の上で、一本に縛った金色の髪の毛が揺れる。
「そうそう。栄耀栄華なんて、僕たちの曽祖父の時代の話さ。今じゃ、格差社会もいいとこさ」
ソフィアの言葉を引き受けて、カールが言った。カールは両手の平を上に向け、肩を竦めて見せた。
「それを聞いて、僕はどうしたらいい。治安はそんなに悪くないだろ」
数人の同級生の中央に座する青年―アダム・ベルナルドは、困惑した表情で、一応微笑だけしてみせた。
(転入早々そんな話を聞かされるなんて)
「貧民窟には行かないことだね」
カールの隣にいた美少年のヨハンが気障に髪の毛をかき上げながら言った。
「貧民窟?そんなところがあるの?」
アダムの問いに答えたのは、ソフィアだ。
「家も職も失った人たちが屯している場所があるのよ。そこに一歩でも、ただの一歩でも踏み込んだら……」
「踏み込んだら?」
ソフィアは息を吸い込み、吐いた。
「一斉に近寄って来て、身包み剥がされる」
「んな、ばかな。じゃあ、治安が悪いってことじゃないか」
「貧民窟に行かなければ、大丈夫」ヨハンが言った。髪をかき上げる仕草や、喋り方など、自分をかっこよく見せるために、研究したような感じだ。
「ま、転入早々、君に言う話じゃなかったけど、知っておいて損はないよ」
カールが何となくまとめた。
「で、アダム、君はお祖父ちゃんがこっちに住んでいて、だからここに来たんだよね」
カールが続けた。どこにでもいそうな平凡な顔だ。隣にヨハンがいるから、特にそう思うのかもしれないが。
「ああ。母さんが病気で亡くなってね」アダムはため息をついた。
「それはお気の毒。ご冥福を祈るわ」
ソフィアは本当に気の毒そうな顔で言った。
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