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武人、誘拐される
そんな出来事のせいで、なんだか尼崎さんとの距離感がギクシャクとしたものになってしまい、顔を合わせるたびになんだか気まずい空気になってしまうので、僕は気分転換に病院の敷地内を散歩することにした。
ちょっと外の空気が吸いたくなって玄関口を出ると、なぜか周りに人は居なかった。いつもならそこにはタバコを吸う入院患者が居たり、道路脇にはタクシーが並んでいたりするはずなのだが、それすらも居ない。まるでそこだけちょっとした廃墟になっているような感覚すら覚えた。
そこに車が一台やってくる。
「なんだ。たまたま人や車が居なかっただけか……。そりゃまあ、そうだよな」
そう思っていると、僕の目の前にその車が止まった。
そして、中に乗っていたロングヘアーの女性は、はっきりと僕を見て確認してから、助手席のドアを開けた。
おお。これは待ちに待った僕の知り合いか!? と思ってしまう。
ただ……。
「〝たけと〟君ね? 乗って!」
……僕の名前を間違えてそう呼んだ女性は、サングラスにマスクをしていて、バッチリ顔を隠していた。
「っていうか、ムチャクチャ怪しいんですけど!?」
「いいから乗って! たけと君!」
「……あの。僕は〝たけと〟じゃなくて〝たけひと〟なんですが……」
「あれ? 記憶違いなのかしら。ホントあいつ、イイカゲンな性格だから……。まあいいわ、とにかく一緒に来てほしいの」
「とりあえず、事情くらいは説明してもらわないと……。せめて名乗るくらいのことはしてもらえませんか?」
「それはダメ。ドアを開けてる状態じゃ、誰に聞かれるか分からないし!」
周りを見回すと、相変わらず不自然なくらい人も車も居ないのにいったい、誰に聞かれるというのだろう? そう考えていると、そのサングラスにマスクをした長髪の女性は言った。
「お願い。これあげるから!」
そう言った女性の手にはブラジャーが握られていた……。
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