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目が覚めたら、目の前に彼氏がいた。
朝のやわらかい光の中で、あたしに向かってやさしく微笑む。
アップリケで『トオル』と書いてあるエプロンをしている彼。
おはようのキスをしてモーニングコーヒーを手渡してくれた。
まだ寝ぼけているあたしを見てクスリと笑う。
彼の周りにキラキラしたモノが舞う。
あたしはボンヤリと見とれてしまう。
なんてキレイな男なんだろう。
彼はあたしの頭をそっと撫でて、軽やかに寝室を出て行く。
一人ベッドの上でコーヒーの香りを嗅いでいるうちに、少し頭がハッキリしてきた。
そう、……トオルだ。
ハンサムで優しい自慢の彼氏。
なんだか、にやけてしまう。
あんなキラキラした美形が彼氏だなんて。
あたしってすごい幸せ。
嬉しくて、ベッドの上で足をバタバタさせてしまう。
あのアップリケ、あいつが自分でやったのかなぁ。
変なトコでかわいい奴だ。
下着姿で上だけパジャマを羽織ってベッドから出ると、トオルは朝ご飯を作ってくれていた。
メープルシロップたっぷりのフレンチトーストとダージリンの紅茶。
あたしの好みで、とてもおいしい。
あたしが微笑むと、彼も微笑み、キラキラしたモノが宙に舞う。
またボンヤリと見とれてしまう。
今日の予定とか話しながら、制服に着替える。
いってらっしゃいのキスをしてもらって登校する。
こきげんで玄関を出て、歩き出してからハッと気がつく。
……いまの誰?
あたし、彼氏なんていた事ない。
あんな人、知らない。
え?
全身から嫌な感じの汗がドッと出る。
ここ、どこなの?
どうして、あの人が彼氏だなんて信じていたの?
なんで、あたし好みの朝食を作れるの?
お母さんは? お父さんは? 中学生の弟は?
あたしの家族はどこに行ったの?
この制服は何なの?
いったい、あたしはどこに向かって歩いているの?
落ち着いて考えたいのに、怖くて足を止めることさえできない。
呆然としながら街を歩いていたら、後ろからあたしを呼ぶ大きな声がした。
振り返れば彼が弁当箱を高く掲げ、キラキラしたモノをあたり一面に振りまきながら、笑顔であたしを追いかけてくる。
あたしは彼に背を向けて、猛然とした勢いで走り出す。
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