加藤忠治 

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それから2ヶ月が経つと、俺は秋山だけを藤と下の名前で呼ぶようになった。 藤は人懐っこく、歳の近い葛西とはよく飲みに行っていた。 職場で藤が笑顔を見せないことは1度たりともなかった。 絹恵は 「藤くんが来てくれてここは明るくなったわ」 と口癖の様に何度も言っていた。 ただやっぱり藤には悪い癖があった。 「藤っ! てめぇこれちゃんと裏取ったんだろうなぁ!」 俺が藤の書いてきた原稿を確認して怒鳴ると、 「あっいや、まだです」 と藤は背筋をピンと伸ばして怯えて犬のような目をする。 「裏とれてねぇこと書くなって言ったよなぁ! おいっ!」 「すいませんっ」 言えば素直に直すのだが、藤は時々事実から想像を書いた。 俺はその原稿を読む度少し怖くなった。 藤の想像には人を惹きつける何かがある。 事実から突飛した想像は、人に笑われる物だが、藤の想像は人に考えさせる力があった。 だから思ってしまう。 藤になら事実から想像を書かせても良いかもしれない。 それが俺の長年守ってきたルールを壊すことだと知っているから、俺は藤の原稿を読むのが怖かった。
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