加藤忠治 

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小説家になりたい。 誰かに言葉を届けたい。 違う。俺たちが届けるのは事実だ。 そのために筆をとり、そのために仕事をする。 それでいいじゃねぇか。 今までもそうしてきたし、これからだってそうする。 ただ――。 八城と仕事場に戻り、デスクに座ってから 「藤、ちょっと来い」 俺の忠犬を呼びつける。 藤は本当に犬みたいに目をまん丸にして、ハイと返事をしてからデスクの前に立つ。 「この2ページ、お前にやるよ」 「え?」 「この2ページの特集、お前の好きなように書いていい。自由に書け。書きたいことを書きたいように書け。どんな文章を書いてきても掲載してやるから」 葛西と八城が 「おおっ!」 と感嘆の声をあげた。 「あの、それは……えっと、僕の書きたいように書いていい、そういうことですか?」 「そう言っただろ」 「良かったねぇ藤くん。この人がそんな事言うの珍しいのよ。」 絹恵はそう言ったが、珍しいと言うよりはじめてだ。 俺は、藤の才能を確かめたかった。 藤の書くものに魅力を感じたなら、俺は藤をクビにするつもりだ。 俺のやり方で藤の才能の種を、摘み取ってしまうのが恐ろしいから。 「ありがとうございますっ」 藤は頭を下げると、葛西に 「やりましたよっ!凄いっすね俺!」 とおどけて笑ってみせる。 「バカっ。良いもん書かねぇと八城さんにぶっ殺されんぞ」 葛西が脅すと、八城は八城で 「ロクなもんじゃなかったら俺は何するかわかんねぇぞー」 と悪のりしていた。 本当に、 ここは明るくなった。
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