吉川菜摘

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改札を出ると駅前の広場に、赤い自転車にまたがった藤がいた。 器用にバランスをとりながら、黙々と携帯をいじっている。 駅についたよ、とメッセージを送ったのに、私の存在にまるで気づいていない。 癪にさわったからわざと大きな声で、 「藤ーーーーっ!」 と叫んでやった。 目立つことが大嫌いな藤は、顔をあげると、露骨に顔をしかめた。 自転車のスタンドを立てて、慌てた様子で私に走ってくる。 よしよし、今日も忠犬だこと。 「菜摘さん、そういうのやめてって何度も言ってるじゃん」 藤は、私の頭をポンポンと優しく叩いた。 「今日もお疲れ様。お帰りなさい」 藤はそう言って、私の左手を握る。 「今日はカップルらしく手でも繋いじゃいますか?」 にこっと笑う藤を見ていると、この人は本当に辛いこととか悲しいことかないんだろうな、なんて失礼なことを思ってしまう。
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