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いつの間にか、由実の目は涙で赤く染まっていた。
「それでも―夢だとしても、最後に君に会えて良かったよ」
むせび泣く由実に、信之は優しく声をかけた。しかし近づこうとしても、見えない力が働いているかのように、由実の肩に触れることはできなかった。
「夢なんかじゃないよ・・・」
震える声で由実は言った。
「私たちの思いがつながっているのよ。私は今、私自身の思いでここにいるの・・・」
そんなテレパシーのようなことがあり得るのだろうか―そう思っても、今の信之はそんなことを考えている余裕がなかった。それにそんな理屈など抜きに、由実がこの場にいることだけで信之には充分だった。
「幸介は元気か?」
「・・・うん。何事もなかったように寝ちゃってる」
二人の間には、まだ生まれて間もない子どもがいた。二人を守るために死ぬのであれば本望だ―と信之は思っていた。しかし同時に、幼い我が子と妻を残していくことが、なによりも心残りであった。
そんな信之の気持ちを察して由実は言った。
「私たちのことは心配しないで。幸介のことは私がしっかり守っていくから・・・」
「本当にごめん」
信之はその言葉しか出せなかった。
「そろそろかな」
信之はもう自分がこの世を去りつつあることがわかり始めていた。
由実は再び声を漏らして泣いていた。
「そんなに泣かないでさ、最後は由実の笑った顔が見たいんだ」
信之がそう言うと、由実は涙でぐしゃぐしゃになりながらも笑って見せた。
それを見た信之もまた、うるんだ瞳で笑みを浮かべていた。
そうして二人の距離は狭まって、お互いに抱き合った腕が離れることはなかった。二人の目には、自分たちの腕の中で最愛の子が眠っている姿が見えていた。
「俺は君たちに出会えて本当に幸せだった」
「私もだよ」
そして、二人は白い世界の中に消えていった。
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