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1人での暮らしにもすっかり慣れたものだ、と身に沁みる風の冷たさを感じながら、心に浮かんだ一抹の寂寥をあくびのフリでごまかす。もうすぐ秋も終わる。日本人ときたら忙しいもので、つい先日までハロウィンだなんだと騒いでいたのに、もはやその面影もない。あと1ヶ月もすればクリスマスにお正月と、まったくご苦労なことである。と、物思いに耽っているうちにバスが来た。今日は日曜日なのだが、バイトがあってこんなに朝早くから出かけている。いつもは地元のファストフード店でバイトをしているのだが、ときたま今日のように人手の足りない系列店のヘルプに回されることがある。しかも今日はよりにもよって遠方の店の早番からとは。......ついていない。と、ひとりごちつつ、空いていた最後列の席に腰を下ろす。通り慣れた道をぼんやり眺めていると、窓ガラスの隅の方が曇っていることに気づいた。手のひらより少し小さいくらいだろうか。気づいたときには既に手が動いていた。きっと無意識だったのだろう。その曇りに、名前をひとつ。はっとなり袖で拭って名前を消した。そんな自分の未練に、周囲の人に聞こえない程度の苦笑を漏らした。そうこうしているうちに駅に着いた。今日は14番線の電車に乗る。3連休の真ん中ということもあってか、電車はいつもより混んでいた。親子連れも多く、無邪気にはしゃぐ子どもを見て微笑ましい気持ちになった。子どもか、と思った時。懐かしい匂いが鼻をついた。思わずガバッ、と顔をあげずにはいられなかった。.......ふん、心にまだ残っている重い錨がさらに食い込む気がして、目線を足元に落とした。
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