音信不通

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音信不通

 今日の死体には珍しく若い女性のものがあった。恐らく二十代後半、髪は長く真っ直ぐで、顔立ちは整っているというよりは愛嬌を感じさせる。左手の薬指に輝く指輪から既婚者だったことが分かった。確か死因は乳癌ということだった。片方の乳房だけ膨らんだ、いや、片方だけが平らな彼女の胸は、死に対する小さくて弱々しい抵抗の証なのだろう、見ているとこちらまで辛くなる。けれど私にはどうすることもできないのだった。  棺に入った彼女の足元には、思い出の品が詰まった小箱があって、私には何の価値も見出だせないような品がひしめき合っていた。あまり他人のものを覗きたくはないので手早く箱に蓋をしようとしたが、気になったものが目に入ったので私は思わず取り出してしまった。もちろん直ぐに箱に戻したのだが、その薄いピンク色の物体は私の頭のなかに長い間留まった。  それは妹のスマートフォンと同じものだった。同機種というだけで、妹のものだということではないのだけれど、私の手を引き付けるだけの力はあった。  この仕事をしてから数年になるが、通信機器の類いを積むことはあまりなかったように思った、もしかすると今まで意識してこなかっただけなのかもしれない。   死者にスマートフォンを持たせる。決して応答しない者に、決して反応しない者に……。でもその気持ちはなんとなく分かるような気がした。大事な人とは、たとえ死んでいたとしてもどこかで繋がっていたいと思う。そして決して繋がらないと、応答しないと分かってはいるのにその番号を打ち込みたくなる。永遠に応答しないコールの向こうに相手が確かにいるのだと、確かにそこにいるのだと感じられるから……。  けれどそれは相手が死んでいなくても、遠く宇宙にいなくても同じことだ。大事な人とはいつだって繋がっていたいし、そこに確かにいるのだと感じていたい。その手段としてはやはりスマートフォンは最適だ。   そしてそれゆえに私は気が気でない。  妹から三日、連絡が来ていないのだ。  普段からこまめに連絡してくる妹がこれほど期間を空けることはまずない。それに、妹からの最後のメッセージが 「お兄ちゃんどうしよう私、、、」 という文だったことも私を不安にさせた。  妹に何度もメールをして、電話をかけたが繋がらなかった。
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