証拠隠滅

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証拠隠滅

 仕事の帰りに妹の寮へいった。寮は大学の敷地内にあるのだが、一番奥に建てられているので入口から数分かかり、仕事帰りには辛い運動だ。  建物はあまり近代的でなく、教科書で見た「団地」を思わせた。寮にいくのは妹の引っ越しを手伝ったときと、妹が風邪をひいたときの二回。だからこそ、具合が悪いのなら連絡してくるという確信があった。  寮に着くと気さくそうな寮母さんが受付をしていた。部屋番号や兄であることの証明をして、指紋を読み込む機械に手をかざすとようやく重厚な扉がゆっくりと開いた。この分だと閉じるのにも時間がかかるだろうと思った。  寮母さんは妹のことをよく知っているらしく、彼氏さんを最近よく見かけるよ、といっていた。妹が私より彼氏を信用して頼っているようで、あまりいい気はしなかった。  妹の部屋はエレベーターを最上階の二十階で降りて直ぐのところにあり、白い扉に慎ましく、けれど派手なピンクで名前のシールが貼られていた。  私は、妹から預かっていたスペアキーを鞄から取り出し、扉を開けた。部屋を借りるときに保護者用の鍵も付いてきたのだ。  靴を脱ぎ、明かりを点け、妹の名を呼びながら奥の部屋へと進む。やけに静かに感じられる。奥の扉の下からは薄い夕陽が漏れていた。ノックをし、もう一度名前を呼ぶが返事はない。部屋には誰もいないのではないかと思った。いつの間にか手には汗が滲んでいた。  汗ばむ手でノブを回し、扉を開けた。黒い影が見えた。逆光になっていてその詳しい様相は分からない。けれどそこにはもう妹はいないのだということは直ぐに理解できてしまった。  黒い影の首にはロープが絞まっており、カーテンレールから吊るされていた。  私はその場に倒れ込み、絶叫したい衝動に駆られたが、なんとか抑えた。落ち着かなくてはならない、考えなくてはならない。今、何をすべきなのか。  普段から死体を相手にしているお陰で、冷静になるのは早かった。私はその冷静さを恥じると共に感謝した。妹の死体を前に泣き叫べない自分を恥じたが、今は冷静にならなくてはいけなかった。  部屋の様子を片っ端から撮影した。後で何かの証拠になるかもしれないと思った。  一通り撮り終わると、妹を下ろしてやりたかったが現状をできるだけ維持した方がいいように感じたのでハンカチで顔を覆うだけにしといた。  
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