第五章

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 そして現在に至る。  ブレイダスの人口は約2万人。これだけの人数が一斉に我先にと騎士達の声を半ば無視して動いているのだから、混乱しない訳がない。フォースィはぶつかり合う住民や、荷物が腕からこぼれていく様を見ながら溜息をついた。 「いやいや、慌ただしくて危ないですな」  フォースィの前に1人の老人が立ち止まる。杖を持った老人は被っていた帽子を軽く持ち上げ、フォースィに挨拶を交わした。 「ゴリュドーさん?」「ええ。あなたこそ、この街に戻って来ていたのですな」  まるで日課の散歩のような足取りで近づく老紳士は、フォースィに笑って返しながら隣に腰かける。この街の勇者記念館で館長を務めるゴリュドーは、年齢に見合った落ち着きと慧眼さで、フォースィと共に逃げ惑う人々を目で追いかけた。途中イリーナの事をゴリュドーから尋ねられたが、買い物に出かけていると適当にフォースィは誤魔化した。   無言の時間が続く。  先に口を開いたのは、気まずさに耐えられなかったフォースィの方だった。 「あなたは避難されないのですか?」  予想通りの言葉を投げられたのか、老紳士は枯れた声で短く笑うと、ゆっくりと首を左右に振る。 「私はここに残るつもりだ。この体には外の環境はこたえるからね」 「しかし、ここは間もなく戦場になります。危険ですよ?」  魔王軍によってゲンテの街が滅ぼされる様を見てきたフォースィは、その事実を伝えることができずに、それでもかけられる言葉を老紳士へと送る。 「私のような年になるとね、毎日が戦場のようなものだよ。いつ死んだっておかしくはないさ」  達観した笑いと返しづらいゴリュドーの冗談に、フォースィは苦笑して誤魔化した。  フォースィは以前紹介してもらった王立訓練学校のマドリー校長を思い出して話題に出す。 「そういえば訓練学校は、この件にどう動くつもりかご存知ですか?」 「気になるかい? 今、訓練学校では生徒達が集められ、それぞれの能力に応じて街のために動く算段を立てているはずだ。特に勇者組の生徒達はこの街に残って防衛作業に従事するはずだ」  元校長のゴリュドーは、訓練学校には非常時においてどのように動くべきかが決められているとフォースィに伝えた。
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