ひとひらの想い

5/5
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/186ページ
 諸手を挙げて喜ぶ両親を横目に、莉緖はさっさと休学手続きをした。  本当は退学手続きをしたかったのだが、母親に泣きつかれて譲歩した。  八年ほど放っておけば除籍処分になるだろう。そうすれば親たちもあきらめるだろうと瞑目した。  休学届けにしておいて良かった。  莉緖はようやく両親に感謝できた。  春になる前に、莉緖は東京に旅立つと言う。そして。  春が近づくと志真は、憂鬱そうな顔を見せると言った。志真はそのたびに芙侑に諭されていた。  居らん子の歳を数えるもんやない。     ──と。  裕吾がここに居れば三十歳。  もう子どもじゃないから。  歳を数えてもいいよね。  莉緖が泣き出しそうな顔で俯き、地面へと笑いかける。ひと呼吸置き、頭を上げる。東に向いてから、千早を見た。 「お昼ご飯、食べていくでしょ? おいでって、ほら」  勝手口から出てきた志真が手招きをしている。 「わたし、まだ仕事中で」 「まだしゃべっていない修行者の話があるんだけど」 「それは、聴取が必要そうな」 「それにおかずは豚汁。裕吾君が大好きだったんだ」  好きな人の好きなもの。  食卓で初恋の話でもしてみようか。  莉緖と二人、母屋へと歩き出す。  白い空。  雪がひらひらと舞い落ちてくる。  ひとひら。  莉緖の頬をかすめた。  そして志真の肩に留まる。  志真がフッと黒く嗤った。細めた目でゆうるりと白濁の空を見上げた。  莉緖は愕然となる。確信する。  ああ。裕吾の魂はもう地上の。  どこにも居ないのだと。                             おわり
/186ページ

最初のコメントを投稿しよう!