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諸手を挙げて喜ぶ両親を横目に、莉緖はさっさと休学手続きをした。
本当は退学手続きをしたかったのだが、母親に泣きつかれて譲歩した。
八年ほど放っておけば除籍処分になるだろう。そうすれば親たちもあきらめるだろうと瞑目した。
休学届けにしておいて良かった。
莉緖はようやく両親に感謝できた。
春になる前に、莉緖は東京に旅立つと言う。そして。
春が近づくと志真は、憂鬱そうな顔を見せると言った。志真はそのたびに芙侑に諭されていた。
居らん子の歳を数えるもんやない。
──と。
裕吾がここに居れば三十歳。
もう子どもじゃないから。
歳を数えてもいいよね。
莉緖が泣き出しそうな顔で俯き、地面へと笑いかける。ひと呼吸置き、頭を上げる。東に向いてから、千早を見た。
「お昼ご飯、食べていくでしょ? おいでって、ほら」
勝手口から出てきた志真が手招きをしている。
「わたし、まだ仕事中で」
「まだしゃべっていない修行者の話があるんだけど」
「それは、聴取が必要そうな」
「それにおかずは豚汁。裕吾君が大好きだったんだ」
好きな人の好きなもの。
食卓で初恋の話でもしてみようか。
莉緖と二人、母屋へと歩き出す。
白い空。
雪がひらひらと舞い落ちてくる。
ひとひら。
莉緖の頬をかすめた。
そして志真の肩に留まる。
志真がフッと黒く嗤った。細めた目でゆうるりと白濁の空を見上げた。
莉緖は愕然となる。確信する。
ああ。裕吾の魂はもう地上の。
どこにも居ないのだと。
おわり
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