潜入

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「追金はないと思うよ。わたしは、フウ先生の娘さんの嫁ぎ先の従兄弟の親戚の知り合いという、縁故関係でここに来たんで。二回とも一泊二千円×日数分しか払ってないな。それに今回は先達として呼ばれてきたから、一円も払わなくていいと言われているんだ。でもさ、縁故じゃなくても、誰に対しても宿泊は食事込み一泊二千円で、個人相談料は三十分二千円。今どき信じらんないくらい良心的な相談所なんだよ」  寧子が調査書を裏付ける発言をしていく。  リーズナブルな低料金で宿泊と相談に乗れているのは、無料奉仕を課せられるからだと、寧子が笑う。  母屋のトイレを始めとする各部屋の掃除。来訪者用駐車スペースの清掃。庭の草むしり。それらに加えて宿泊者は、仏像を拝みに来る者たちへのお茶出し接待も手伝う。寧子もそれらを体験している。 「一つ一つが修行だと言われれば、ああそうかなと思えるんだ」  それらすべて、強制ではない。  やりたくなければ離れに引きこもっていても、咎められない。  けれどほとんどの宿泊者は、部屋に引きこもらない。依頼されたことを拒否しない。  なんのために泊まり込みまで希望したか。無我の境地を開くために、身を粉にして働こうとする。 「自分から来たいと思って来る人ばかりではないのですか」 「わたしもそうだったんだ。以前、ミヨリさんから聞いた話でも、うじゃうじゃ居るね。フウ先生のことなんて何一つ知らないから、精神修行に無理やり連れて来られたと思って。しばらくふて寝して過ごしちゃうんだな、これが」  自発的ではない者を言い包めて、騙して。車に押し込むようにしてここにやってくる。  家から引きずり出されてきた者は、連れてきた親や親戚たちに抵抗するように、離れに何十日も閉じこもる。  もともと彼らは、人間不信になっていた。親を含む周囲と意思疎通が上手くできていなかった。話し合いができていたら、こじらせることなく、家庭内で解決できている。  寧子が他人から聞いた話だと言いながら、自分のことのように語る。
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