発端

2/11
前へ
/186ページ
次へ
 ミヨリの首を絞める。  より強く。指先に力を込めていく。  左親指の位置をずらした瞬間 「くうっ」  ミヨリが最期の息を吐く。  体が弛緩する。  このミヨリ。  息を吸うことはもう二度とない。  雨で湿る畑の、川縁に掘った穴。  ミヨリを穴の底へと落とす。  うつ伏せで穴に収まるミヨリ。  虚ろな目を見なくても済む。  ミヨリの心遣いに感謝する。  否。  もしかして。  まだ意識があるというのか。  そう思いながらもスコップを持つ。体の上に土を被せていく。もしまだ生きていたとしても、予定通り埋めてしまう。  死にたい。  涙をこぼして懇願していたミヨリ。土の中で心変わりをして、やはり生きたいと願ったら。息を吹き返せ。  足掻いて土の中から這い出てこい。  手を伸ばして、地上へと芽吹け。  死にたい心が未だ勝っていたのなら。  土の中で。  そっとおやすみ。  そうすれば窒息できる。  けれど生きていたら。  どこかでばったりと出会う。  そのときはお互い、知らん顔してすれ違う。  三年会わなければ空へと手を合わす。  そう決めておこう。  だから今は。  土を戻し、作業を終える。  ミヨリが埋まっている上を踏み固める。  固めた上に、枯れ枝を載せておく。  夜が明けてきた。  闇に白色が混じってくる。  急ごう。  紫陽花を掻き分け、用水路のような小川に架けてある、コンクリート製の柱のような細い橋を渡る。  なにげなく、手を見遣る。  薄手のゴム手袋をはめたままだった。  ミヨリの首を絞め、土を被せたゴム手袋をビニール袋に仕舞う。リュックに入れる。  バイバイ、ミヨリ。  鈍色に染まる農道を。  足早に去っていく。  
/186ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加