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梅雨末期、豪雨が降り続いた。
大小河川は決壊したり、堤防から雨水があふれ出た。濃尾平野の低地に濁流が襲いかかった。
家屋の床上床下浸水、田植えを終えたばかりの田んぼは泥を被り、夏野菜が育ちつつあった畑は急流に引っ掻き回された。
大水の騒ぎが収まった頃。
川の濁流にえぐられた畑から、人骨が出てきた。騒動となり、警察が重機で畑周辺を掘り起こすと、もう一体分の白骨が見つかった。
連続殺人が疑われ、捜査が始まった。
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白骨化遺体が見つかった畑の持ち主は、八十九歳の安在芙侑。自宅でよろず相談事を生業としている。
独り暮らしではない。住み込みの弟子、空智志真、四十二歳との二人暮らしだ。
二人が住んでいるのは築百五十余年の古民家だ。ツツジの生け垣に囲まれた昔ながらの広い敷地内には母屋と、古びた農機具小屋と、新しそうな離れが建っている。
この家は女性の二人暮らしではあるが、人の出入りが激しい。それというのも霊験あらたかな仏像が、この家に鎮座ましましているからだ。
仏像を拝み、人生経験豊かな芙侑に悩みを相談したいと願う者たちが、引きも切らないからだった。
芙侑が自宅でよろず相談事を始めたのは平成初期。本人の発案ではない。仏像に引き寄せられて訪問してきた人々に、求められて悩みを聞いたことがきっかけだった。
芙侑はそのとき、六十歳を超えたばかりだった。公務員を定年退職して晴耕雨読の生活をしていた。娘二人は他所に嫁ぎ、孫も生まれていた。
だが同居ではないので、世話をすることもなく、時間的なゆとりがあった。グチを聞く相手くらいならできると、安易な気持ちで始めた。ほとんどの者が年下だったので、諭す日々だった。
芙侑は努めてごく普通の言葉を用い、普遍的な常識の範囲で相談に答えた。小学生の子どもでも理解できる平坦な文脈で微笑み、相談者に気付きを与えていた。
訪れる人々は、芙侑をフウ先生と親しみを込めて呼ぶようになっていった。
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