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「俺、お茶を入れてきます」
穏やかな顔立ちの大型忠犬が、ガタイに似合わず機敏な動きで給湯器へと走る。
千早は会議室の椅子に座る。これを読んで立ち上がったら、千早はしばらくここへは来られない。ハヤナルコンビの相方である鳴也は東奔西走し、県警捜査本部と千早とを繋ぐ。
安在芙侑はもうすぐ九十歳。
空智志真は四十代前半。
三十二歳の千早にとっては祖母世代と姉世代。親しく話せるのは志真のほうだ。資料を頭の中に叩き込んでいく。
安在芙侑が三十歳のときに夫が病死している。田畑もあり屋敷も広いが、現金がなかった。
夫の両親と小学生二人を抱え、保育園の給食のおばさんとして働き始めた。
姑たちは孫の世話をしながら、農作業に勤しんだ。米や野菜が穫れた。芙侑の薄給でも充分生活できた。
芙侑にはやんちゃな実弟がいた。
博打で金を使い果たしては姉に生活費をせびりに来た。喧嘩した弟を深夜、警察に引き取りに行ったことも一度や二度ではない。
娘たちが怒鳴る叔父を怖がった。義父母の手間では金を渡さなかったが、これで最後だと言い、こっそりと金を握らせ、帰らせたことは数知れずあった。
そんな折、舅が認知症を患った。奇妙な言動が始まった。庭の至る所で大便をして、放尿した。どこへ行くとも言わずに自転車で遠くに出かけた。帰ってこない日もあった。帰ろうとしても、帰る道がわからなかったのだろうと推測される。
少しのことでも怒り狂うようになった舅が、弟を撃退したのか、いつの間にか弟が来なくなった。それだけは舅の功績と言えた。
しかし弟が来ない分だけ、舅が暴れた。手に触れるものは叩き壊した。
物を手当たり次第投げるので、当たって怪我しないように、娘たちと農機具小屋で寝たこともある。半裸状態で遠出した舅を、警察に引き取りに行くようになった。
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