発端

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 長女を寮付きの看護学校に進学させた三年後、次女も高校を卒業した。姉と二人でアパート暮らしをしながら、病院や会社に通った。芙侑が、娘だけは穏やかな暮らしをして欲しいと、自宅から逃したのだ。  その頃、舅は寝たきりとなっていた。姑は自力で食事ができてトイレに行けた。  芙侑は早朝から駆けずり回った。  家族全員の洗濯から、食事を作って義父母に食べさせておむつを替えて、仕事から帰ってくると、舅のおむつを交換して二人の体を拭いて、ご飯を作って食べさせて、部屋の目立つ汚れ部分だけを掃除した。  くたくたに疲れ果て、半分眠りながらの自分の夕食は、義父母の残り物だった。  娘たちが生き生きとした声で電話をかけてきてくれることだけが、芙侑のなによりの楽しみで、未来への希望だった。  次女が結婚することになった。  姑だけを披露宴に参加させた。  半日だけだから。  舅を一人で留守番させた。  帰宅したら舅の息がなかった。  あんたが殺してたんやな。  姑が真顔で芙侑をなじった。  姑の認知症の始まりだった。協力しあっていた二人の思いが、すれ違う日々が始まった。  二年後、長女が結婚することになった。  芙侑は姑を農機具小屋に閉じ込めて、出席することにした。親戚も近隣の者たちも、反対する者は誰一人としていなかった。  帰宅後、姑が弱っていた。  だが、死んではいなかった。  芙侑は、己のその思いに愕然とした。  姑は記憶を途切れさせ、おむつをしていたが、暴言や暴力行為は舅よりも軽微だった。おとなしく寝ているほうが多かった。  それなのに、心の底では死を願っていた。その罪深さに涙が滂沱と流れた。  姑が死んだら自分も死のう。  心に決め、勤めを続けながら誠心誠意、身を捧げ尽くした。数年後、定年退職直後に姑は眠るように、穏やかな顔をして息を引き取った。大往生だ。周囲は芙侑の献身を褒め称えた。
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