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:凪瀬夜霧:
見間違いじゃない、間違いなく今朝ゴミ捨て場で会った人だ。木刀こそ持っていないけれど、この印象的な顔を簡単には忘れない。
あちらも気付いたのか、なんだか気まずそうな……いや、睨まれてる? 綺麗な柳眉が寄っている。
「どうした、知り合いか?」
ボソボソと真澄にしか聞こえないくらいの声で問いかけられたが、なんだかあちらは知られたくない様子。
ここは黙っているのがいいのかと、真澄は適当に誤魔化した。
「初めまして、出版社の芳野伊織です。本日は取材を受けて頂き、有り難うございます」
「紅月朱雨です。どうぞ、お掛け下さい」
儀礼的な挨拶と名刺交換をしてソファーに腰を下ろすと、お手伝いの女性がお茶とお菓子を置いてしずしずと下がっていった。
「本日は当雑誌の取材を受けて頂いて、有り難うございます。紅月さんは……」
「朱雨と呼んで頂きたい。あまり、家名が好きではないので」
「はぁ。それでは、朱雨さんは何故ウチの取材を受けてくださったのですか? マスコミ嫌いで、取材NGで有名と伺ったのですが」
伊織がボイスレコーダーをセットして問いかけると、朱雨は綺麗な顔を若干苦々しく歪めた。
「お宅の社長さんのご……熱心なオファーにへきえ……ゴホンッ、多少思う所があって受けました」
間違いなく「強引なオファーに辟易して」と言おうとしたんだ。
それは伊織も感じたのか、直後に深く頭を下げて「申し訳ありません」と誠心誠意の謝罪をした。
「それで、思う所とは?」
伊織が先に話しを進めると、途端に朱雨は仮面のような取り澄ました顔をした。
きっと、表向きだと分かるものだった。
「今の世の中、手習いも多種多様になってきました。茶華道ばかりが選ばれるわけではない。伝統だ、格式だと言いながらもお弟子さん無しには回らないのも本当の事。女性が好む雑誌等に顔を出す事も、次期家元としては必要です」
「なるほど」
言わされている……というか、絶対に表向きの口実で、この人の意志じゃないんだって思える。
整いすぎた顔に表情がないのが、その証拠だった。
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