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:黒尾 璃叶: 「や、山吹さん……?」  唇を噛み締め、何も言えない俺を守るように前に立ってくれたのは、昂さんだった。 「片桐。お前は、人が着ている服だけでその人の価値を決めるのか?佐野のスーツをよく見てみろ。確かに、このスーツは何処にでも売られているような安物かもしれない。...だが、店頭に並んでいる物よりも遥かに良く手入れされている。オレなら、クリーニングに出される高級なスーツに身を包んで満足している人間よりも、自分で手入れした安物のスーツを着ながら努力する人間の方がよっぽど好きだね。」  昂がそう言うと、健吾は一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした。 「それは、そうかもしれないが...。」  歯に衣着せぬ物言いをする健吾。 「あの、すいません!このスーツを着てきてしまった僕が悪いんです!!」  自分のせいで少し険悪になってしまった空気を、流れを、変えようとする。 (ただ、初日だけは、このスーツで来たかったんだ...)  声には出さず、心の中で言い訳をする。  裕福とは言えない田舎の家庭で育った俺は、小さな頃から、持っているもの全てが必ず誰かのお下がりだった。  だけど、俺の就職が決まった時、両親は初めて俺に、お下がりじゃないプレゼントをくれたのだ。 ……それが、このスーツ。  そのスーツが、安売りだったのも、在庫が大量にあったのも知っている。  だけど、俺にとってはそのスーツが、どんなスーツよりも価値があり、輝いてて……。 ……とても、とても大切だったから。 「片桐さん。すいませんが、今日だけはこのスーツで過ごさせてください。……明日からは、着てきませんから...。」  じわぁ…………と、悔しさと悲しさで、瞳に涙が滲むのを悟られないように深々と頭を下げる。
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