イザナミノ亡霊

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    壱  私が斯のようなサンチマンタルな情動でおりましたのは、ほんの3分間ほどでありました。  汽車から降りると、天井に大きな覆いのしてある帝都の駅は、ホームにずらりと並んだ汽車の煤煙で霞んでいたました。私は汽車が高圧蒸気を噴射し、石炭の燻る音が今にも聞こえてきそうなほどの熱気に圧倒されました。また、ホームには溜め池にえ胡麻を撒いたみたく人の群れがざわざわと波打っていて、それが大きな生き物が蠢いているようでした。しかし、根底に冷たい鉛のような重石がどっしりと沈んでいるようにも感じられました。擦れ違い様に肩がぶつかっても、その者は気にも留めませんし、旅行カバンを蹴っても謝られません。私がただその者の通り過ぎた虚空に頭を下げるのみであります。  そのようなので、私は先ほど申しましたような後ろ向きな郷愁の念に襲われたのです。  しかし、流石は帝都と申しましょうか、邦人のみならず異国の者もちらほらと見受けられたこともあって、次第に自分というちっぽけな存在が余所者であるとは思わなくなりました。  汽車を降りて、さてどうしたものか、とホームの端の待合い椅子に腰掛けますと、一人の青年が私の前で止まりました。小綺麗に手入れされた皺一つない黒い外套を着て、星の章のついた黒い軍帽を被っている出で立ちから、私は直ぐにそれが軍学校から来た迎えの候補生だと解りました。  私は地方の大学で教授に付いて医学を学ぶ医学生であります。そんな私が、大層なご身分だこと、天下の帝都軍学校の士官候補生殿に出迎えをさせるなぞ、とお思いになったかもしれませんが、私自身、迎えは汽車が横浜を過ぎたときに受け取った電報にて初めて知りましたことで、とても驚いているのです。
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