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はっと見上げた蘭の視線に、要の笑顔があった。とても穏やかなその笑顔は、今にも消え逝きそうな弱々しい光に見え、蘭の心を恐ろしいまでに苛んだ。
「当然だろ? 蘭は、俺の……たい、せつ、な……」
要の声が徐々に小さくなる。最後までは聞き取れなかった。
閉じられた瞳と同時に、蘭の頭から要の手が力なく落とされる。
「よう……? 要っ!」
蘭はしきりにその名を呼び、身体を強く揺らすが、要は目を開けなかった。
蘭の身体は恐怖で震えていた。
大切な者を失う恐怖が、こんなにも怖いなんて。蘭は知らなかった。
「イヤだ……無くしたくない。いやだ……嫌だ」
蘭ははじめてそう思っていた。
「俺はまだ聞いてない。なんて言いたかったんだよ、おい! ずるいぞ、要っ!」
最後の言葉を……要が何を思っていたのかを知りたい。
「要、教えてくれよ。なあ、何て言いたかったんだ……」
聞きたい!
ぐっと歯を食い縛り、蘭は覚悟を決めた。
「死なせない。絶対に!」
時間がない。今、蘭がやらなければならないことは、要を連れ帰ることだった。
蘭は渾身の力を込めて要の身体を胸元に引き寄せた。
上半身を起こすと、自らの身体を要の胸の下に潜り込ませる。
「くっ!」
自らの身体を前に倒し、ぐいっと腰を持ち上げ、てこの要領で要の身体を支える。ぐったりと血の気のない要は、まるで死人のように見えた。
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