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昔というには曖昧で、今というにはずれている。
けれど、たしかにそこに人が居る。
人がいれば営みがあって、愛憎|交々≪こもごも≫
の人間模様が描かれる。
これは、とある少年少女の復讐譚。
幼い心に怨讐の炎を滾らせた小さな狩人の清算書。或いは再生の物語までのプロローグ。
狩人の両親を持つリリー・オランジュはその日、一人で山に入っていた。未熟な肢体をしなやかに動かして、勝手知ったる獣道を音も立てずに登っていく。母から教わり、仕掛けた罠を見に行くためだ。
木々のざわめき。獣の足音。鳥のさえずり。川のせせらぎ。そうした山の声はいつもリリーに安心感を与える。
罠の設置場所に近づくにつれて、血の匂いが風上から漂ってきた。彼女の胸が期待に高鳴る。
目的地へと辿り着くと狙い通り一匹のタヌキが罠にかかり、もがいていた。少女は手早くシメて近くの小川で血抜きを行う。早くしなければ血の匂いを嗅ぎつけて肉食動物が来てしまい、余計な手間がかかることになる。それはリリーの望むことではない。
ひと通り作業を終わらせて、背嚢≪はいのう≫へ仕舞い込む。冷たい風がまろやかな頬を撫でていく。
もうすぐ冬がくる。
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