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湿り気を帯びたしっとりとした空気の中をゆるゆると歩き、季節の移り変わりを感じながら静かに暮らす。私たちが見えていた童は大きくなり、私たちを見失うが、また彼らは子を作り、その子らが私たちを見つけた。
何度か季節が変わるころ私もすっかり大きくなり青年狐と成長していた。もう彼に抱かれることはなく、とてつもない速度で野山を駆け回り、彼の周りをくるくる回った。
「天様! 天様! ほら僕の尻尾面白いでしょ」
私はふさふさとした黄金の尻尾を追いかけるようにその場をくるくる回る。
「ふふふ。目を回さぬようにな」
優しく見つめる天様を楽しませたいと私は色々な遊びを披露する。ゆるゆると流れる静かな時間と心地よい空間と優しい天様と、永遠に過ごすのだとこの時私は信じ切っていた。
時折、天様の笑顔に陰りが出始め、私もなんだかそわそわと落ち着かない日々を過ごすようになった。
遠くの山から飛んできた小鳥が天様に、ここのところの異変を伝える。私にはこの山が全てだったので、それより広い世界があり、更にはこの山を変化させようとする者がいたことに驚きを隠せなかった。
小鳥の話を聞き、天様は寂し気に私の頭を撫で「そろそろ別れの時が来たかもしれぬ」と呟いた。
「別れ? 別れってなんです? 親から子供が離れるってことですか?」
「ふふ。そうだな」
嫌な予感がしていた。次の日、天様はいつもとは違う道をどんどん下り、とうとう山を下りてしまった。
「こんな世界の果てに来てどうするのですか?」
山の麓は深い霧に覆われており、それ以上私も天様も進んだことはなかった。
「この霧を抜けて、この山が見えなくなるところまで行きなさい。そこでは安心して暮らせるから」
「え? なぜこのままここに居てはいけないんですか? 天様はどうするんですか?」
「私はこの山を抜け出すことは出来ない。この山、そのものだからだ。しかしここはそろそろお前が住めぬ場所になるだろう」
この山の自然が奪われていることに私は全然気が付かなかった。後で知ったことであるが、人間が戦乱のために大量の木々を切り倒した上に、異国の神をまつるのだという。
天様は精霊であるが故、自然と、そして人の信仰がなくては存在し得ぬらしい。
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