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腹が減れば獣を捉え食らう他の動物と人間とも変わらぬ日々を送っていたが、私にはその獲物の血肉のみならず、そのものが持つ命の霊力をも食らうことが出来るおかげで、死ぬことも老いることも持っている能力を失くすこともなかった。
しかしこの生き方は純粋な生き物としての生を全うすることでもなく、天様のように生きとし生けるものの信仰の対象ともならぬ、悪鬼としての姿だった。
私は長い年月生き永らえ、『金陽』と名を呼ばれることもなくなり『野弧』と蔑まれ恐れられる存在となった。そのことがもはや私のとって矜持となり、ますます自分の存在を知らしめる行為へと繋がっていく。
「恐れるがいい。異国の神など信じたところでお前たちは私の糧になるだけだ」
それでもまだ人間を食らったことはなかった。腹は減り獣を食べはするが、少しの肉と血潮で身体は満たされる。人間ほど大きなものを狩る必要はないのだ。
そのため私の側には、食い余したものを下げ渡してもらうべく、血なまぐさい息を吐く獣が付いて回った。勿論私の腹が減っているときに近づけば己が餌食になると分かっているので一定の距離を保っている。
鬱陶しい輩ではあったが、食い残しを朽ち果てさせることに比べたら、ましであろうと特に何も気にせずにいた。
そしてその獣の命が今尽きようとしている。私と少し似た容貌のその犬ははあはあと荒い息をし、だらりと舌を伸ばし私を初めて呼んだ。
「金陽様、いままでありがとうございました」
「お前は私の名を知っていたのか」
「ええ。天様の使いのあなたのことは我が一族でも語られていました」
「お前の一族とな?」
この犬は犬神の一族であり、故郷を離れ独り霊力を高めようとしていたところに私を見つけ、ついて来ていたようだ。
「あなたの残り物でも頂いたら、力が増すかと思いましたが、そうでもなかったですねえ」
浅いため息をつき、虚ろになり始めた瞳は視点が定まらなくなっている。その様子を見ていると、珍しく情けをかけてやろうかという気になった。
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