野弧と娘

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 行く当てのない私は適当に山々をぶらつき、ふっと元いた山へ帰ってみることにした。あの若い犬の望郷の念が移ってしまったのであろうか。高い山も低い山もさっと飛び越えてあっという間に天様と過ごした山に着く。 「こんなに小さな山であったのだろうか」  昔はこの山が全てであり広々とした世界であったが、今、外の世界から帰ってくるととてもこじんまりとした山であった。それでも懐かしく心地よさを感じる。 「これが故郷か」  山を一回りするのも一瞬であった。めぐっている最中に小さな村が出来ているのを見つける。そこでは珍しく異郷の神が祀られておらず私にとって居づらい場所ではなかった。 更に良いことに家畜が豊富であった。犬神のところで家畜を食らったおかげで、私は命の霊力よりも味に魅せられており行く先々で家畜を食らった。 「ここで落ち着くことにするか」  私は腹がすけば鳥と卵を食べた。勿論食べ散らかすことはせず、骨まで綺麗に残さず食べる。村人たちは最初は全く気付かなかったが、さすがに増えない卵といつの間にか数羽になっている鳥に異変を感じた。見張りが置かれるようになったが私にはどうということはない。音を立てるどころか姿を見せることもないからだ。  ある日の真夜中、焚火を囲み見張っている男の前で、白い卵を宙に浮かせる。 「た、卵が、浮いてる?」  卵に顔を近づけた瞬間に、その卵を飲みこんで見せると男は腰を抜かした。 「ひっ! 消えたっ!」  村人を驚かせることが面白く、ただ家畜を食べるだけでなくいたずらもする。 牛を食べた後、さすがに骨が固く食べる気がしなかったので組み立てておいてやった。村人がその骨だけになった牛の前にやってきた時に、風を吹かせばらばらと崩れさせる。 「ひいいいっ!」  慌てふためくさまは愉快だ。大きな家畜を食べるとしばらく腹が減らないので、村人たちをからかった。暗闇の中にぼんやり灯りをともしたり、笑い声をたてたり。 こうしてなんとなく日々を過ごしていると、恐れる村人たちはとうとう村の若い娘を生贄に差し出してきた。
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