野弧と娘

10/24
前へ
/53ページ
次へ
 日暮れ時、狭い村の真ん中にムシロを引き、白い着物を着せた娘を座らせ、空に向かって村の長が叫ぶ。 「どうぞ! この娘を差し上げます! お願いですから、どうかお怒りを鎮めてください!」  私は何も怒っておらず、ただの暇潰しであったが、彼らにとっては恐怖でしかなかったようだ。ムシロの上に座っている青白く華奢な若い娘を眺める。 「人間か。旨いのであろうか」  せっかくなので頂いておこうと、私は風をまといチリを巻き上げ姿を消して、娘の後ろから腰の帯を噛んで持ち上げ連れ去った。  後ろの方で「どうか! お鎮まりください!」と口々に叫ぶ声が聞こえた。  寝床にしていた洞窟に娘を運び込む。娘はガタガタと震え身体を小さく小さく丸め込んでいる。 どうやって食らおうかと姿を見せないまま、私はその娘の周りをくるくる回る。 どうせなら美味しくいただきたい。  村人たちの家畜を食べる様子を思い出す。確か鳥は絞めた後よく水で洗われていた。村人たちは家畜の血を啜ることはない。そう思うとやはり人間は愚かだと思う。血潮にこそ霊力があるというのに。  私は血潮ごと食らうつもりなので娘を綺麗に洗うだけでよいであろうと考えた。更に自分で洗うのは面倒であるので娘自身に洗わせることにした。  もう一度娘を、今度は襟首を噛んで持ち上げ、近くの小さな滝へと運ぶ。 「あれえっ!」  娘の悲鳴はもちろん無視して、滝の前におろす。ごつごつとした岩肌の上で娘は様々に変わる場面に真っ青な顔をして身体を抱きかかえている。  さて、と私は娘の耳元で囁く。姿はまだ現せていない。現したところで娘はこちらを見る余裕などないであろうが。 「着物を脱いで、そこの滝で身体を洗うのだ」 「ひっ!」 「早くしろ」 「は、はいっ」  娘は震える手で帯をほどき着物を脱ぎ、丁寧に畳んでから浅い滝つぼに向かい、零れ落ちてくる水に手を差し出し水をため顔を洗う。足から腕からごしごしと洗っている。洗い終えた後、長い腰まで垂れた髪の水を絞りながら両手でおずおずと身体を隠し、元の場所へ帰ってきた。 「そこへ横たわるがよい」  無言で横たわる娘の全身を眺める。あばらが浮き、筋張っており肉付きが良くない。肌艶も今一つだ。 「うーむ。これは美味いのであろうか?」  ぶるぶる震える娘をとりあえず食らってしまう前に味見をしてみようと、身体を舐めてみることにした。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加