野弧と娘

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 その後、娘と共に数回の絶頂を得ると、彼女はぐったりと意識を失った。 「ん? どうしたのだ?」  ただでさえやせ細っている娘はよりくたびれた様子を見せ、腹はくぼみ身体に力が入らぬようである。どうやら腹を空かせているのだろう。 私はまだまだ精力も体力も十分にみなぎっていたが、人間はやはりもろいものである。ぼろ布のような娘をそっと洞窟に運び込み。私は娘のために食料を調達することにした。  村の家畜を襲っても、今の娘は食すことが出来ぬであろう程弱っている。 そうだ、と思い出す。私は山の中心部分の一番深いところを目指す。 「ああ、あった」  初めて天様から甘い雫をもらった古い巨木は倒されておらず、ひっそりと荘厳な佇まいを見せている。上の方からぽつぽつと雫が光を受けながら落ちてくる。私は大きな柔らかい葉を袋のようにして雫を貯め込み持ち帰った。  浅い息をして昏々と眠る娘を見つめる。最初は食らうつもりであったが、もうそのような気持ちには不思議となれなかった。  再び人間の姿をとり、娘を抱き起し、雫を口に含んで唇を濡らすように一滴注ぐ。小さな唇が少し動く。もう一度、今度は二滴ほど唇に流すとパクパクと飲みこもうとする。一口一口と飲ませると娘は喉をこくりと鳴らし、やがて目を開けた。 「ああ、お狐様……」 「気づいたか」  裸のままであることに気づいた娘は、さっと両手で身体を隠しうつ伏せになった。 「お前は私をなぜ知っていた?」  食す前には気にならなかったことが、なぜか口をつく。 「へ、へえ。おらたちの村はずっと天様と使いのお狐様の話を伝えてきていますから」 「そうか」 もういつであった忘れるくらいの昔の出来事であろうが、天様の存在が無くなってはいないことに私は温かい気持ちになった。 「お前は私が恐ろしくないのか」 「お狐様と知らないときは怖かったです。でも、お狐様は天様の使いですから」  天様の使いであった時も特に私は善行を施したことはなく、ただ彼と戯れる毎日であった。それでも天様のおかげで私も信仰の対象であったようだ。
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