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沙羅
「ねぇ、やっぱり変よ、あの子」と、蓮見涼子は夫に切り出した。
なにが、と圭一は答える。
「だから、沙羅の事よ。」
涼子の声がじれったいというように高くなった。
「泣きもぐずりもしない、玩具をねだりもしないし。私、あの子が笑った所なんか、赤ちゃんだった頃から見たことないのよ。」
ダイニングの机をバンッと叩く。
「そういう子どもだっているだろう。」
「だとしてもおかしいわよ!今日、木村さんの奥さんから言われたの。何か感情を抑制しないといけないような事でもあったんじゃないかって。虐待してるとでも言いたいのかしら!」
涼子は机の上に突っ伏してしまう。
「してないんだから、いいじゃないか。」
ごちそうさま、と圭一は立ち上がり、食器をシンクへ持っていく。
圭一は楽観的過ぎる所はあるが、怒るという感情をどこかに置いてきたような男で、涼子の話を忍耐強く聞いてくれる、良い夫だった。一方涼子は子どもが生まれてから特に、ヒステリックで怒りっぽく、近所の同じ年頃の子どもを持つ母親たちと会って、自分の知らない情報を聞かされる度に、過剰に気にして悩んだ。
「あんまりママ友の言葉を気にするなよ。」
食器を洗いながら圭一は思った。きっとまた明日になれば、次の事に心配が移るだろう。
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