382人が本棚に入れています
本棚に追加
/268ページ
その家族―「海崎です」、と女性が名乗った―は引っ越し業者が隣家に出入りする中、手土産を持って玄関先に現れた。
父親は家に残っているのだろう。何を言っているかは聞き取れないが、業者に細かく指示する声が聞こえている。
彼女は、片手には有名な焼菓子店のロゴの入った袋、そしてもう片方は連れられてきた息子の手を握り締めている。
母親は、涼子と同じくらいの年齢に見える。すらりとして、美しい。
その顔から手を伝って、沙羅は連れられた男の子を見た。
人形のような横顔。つまらなさそうに、玄関に飾られた写真を見ている。
その目が、くるりと沙羅の方を向いた。
バチン、と視線が合う。
雷に打たれたような衝撃が身体に走った。
これまで頭を覆っていた霞のようなものが一気に晴れる。
外見も全く違う。
それなのに、沙羅は一瞬で「分かった」。
そこにいたのは、前世で父を裏切り、沙羅が命を落とす原因となった男だった。
手が震える。身体も、目も動かせない。
彼は沙羅と同じく、目を見開いた。
唖然として開かれた口が、音を出さずに動く。
さ、ら
少年が声を出さずその名前を言った瞬間、沙羅の口からも零れ落ちるように声が出た。
「直・・」
それを聞いた彼の目から、
ぽろりと、涙が落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!