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手から滑り落ちた杖が地面に転がってカランと乾いた音をたてる。
「う・・・ぅ・・・う・・」
涙が、とめどなく溢れた。
せき止めていたタガが外れたように、様々な感情が濁流のように溢れて出てきた。
走馬灯のように駆け巡る青い春の日々。
『生きろよ』
彼の声が木霊する。
『椿』
わたしを呼ぶ、彼の声。
永い年月の慕情が、流れてゆくようだった。
もう、なにも、望まない。
もうなにも、悔いはない。
わたしと、彼は、
あの日から、ずっと、同じ月を見れていたのだから。
「え?」
少年はさめざめと泣くわたしへ両手をさまよわせ、困った様子だ。
青山は震える息を吐いて、呼吸を整える。
それから何事もなかったように顔を上げて笑った。
「いい名前だね」
精一杯、笑ってみせた青山に、少年は時が止まったように見入る。
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