赤い流れ星

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 亮輔は、小さく呟く。 「もう、行かなきゃ」  啓は、窓の外の飛行機をじっと見つめたまま、また彼も小さく、そうか、と一言呟いた。その後、 「医者のくせに、子供っぽい言い方だなあ」 と振り返った。またあの破顔一笑で。  亮輔は、少し俯いて微笑んだ。 「……うん」  蚊の鳴くような声で言い、ただ啓の足元を見つめていた。彼の靴は、雨の所為か泥まみれだった。  飛行機に乗り込んだ亮輔を、また後悔の念が襲う。啓が優しすぎて、優しいばっかりに、亮輔はついつい忘れてしまうのだ。―いや、忘れた“ふり”をしてしまうのだろうか?  亮輔はポケットから、あるものを取り出し、それを眺めた。  啓は、持ち物検査に行く直前、突然亮輔を呼び止めた。振り返った亮輔の目の前に、白い塊が飛んで来る。うわっ!と慌ててバランスを崩しながらキャッチすると、いつかのように、啓が少し遠くで笑っている。 「相変わらず鈍臭えなあ」  亮輔の手に握られていたのは、野球ボールだった。 「これ……」 「ま、御守りだと思ってくれりゃー良い。忘れんなよ、俺の事」  ボールを握り締めて、また啓の足元に視線が行く。 「……忘れるか」  彼の靴が泥まみれの理由が、漸く分かった気がした。  眺めていたボールをポケットにしまい、亮輔は窓の外に目をやった。と言っても、雨の所為ではっきり景色は見えない。しかし、動かない筈の景色の中、亮輔の目に飛び込んで来たのは、誰もいない屋上に立つ、見覚えのある人影だった。  慌てて窓に張り付く。そして呟いた。 「啓……!」  雨の中、傘も差さずに立っていたのは、紛れもなく啓であった。大きく手を振って、時折飛び跳ねている。 「……馬鹿」  その時、間もなく離陸するというアナウンスが、亮輔の耳に響いた。
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