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「尾崎くん、下の名前は?」
かなり優しい声色で聞いた。
彼は今、自分の世界にいる。それに自分で気づいていないだけなのだ。だから怒鳴ったりしちゃいけない。私は私の短気にそう言い聞かせた。
宗一。
また彼はそれだけ言った。必要最小限を見極めるのが得意な人なんだろうと敢えて好意的な評価を下した。そうしないと私の短気が暴走してしまいそうだった。
この無愛想無気力無神経男。
そう罵るのはもう少し先にしようと自分を宥める。
「宗一くんは何学部なの? 文学部じゃないよね。見たことないもん」
理学部数学科。学部を聞いて学科まで答えてくれたので、少しだけ気が収まった。いきなり下の名前で呼んだことに対して驚いた表情が可愛かったこともある。
目が丸くなった宗一くんは、毛の長い柴犬のようだった。
話している内に、お店に着いた。
見慣れた『カムパネルラ』の看板。こじんまりとした、でもアンティーク家具がお洒落で可愛い、照明が温かで素敵なお店だった。よくまかないでオムライスを食べさせてもらっていたものだ。この店のオムライスは、本当においしい。
「空いてるよ。良かったね」
中に入ると、マスターが私のことを覚えてくれていて、一番いい席に案内してくれた。店の一番奥の席だ。
その席のすぐ傍には窓があって、窓の手前にある棚には青い硝子の時計が置いてある。
硝子には銀色の細い線で星の細工が施してあり、右下には白い十字架が刻まれている。
月の明かりを受けると、その星は銀色の淡い光を灯して浮かび上がる。
それはとても、綺麗なのだ。
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