4.蠍の火

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 席に着くとオムライスを勝手に二つ注文した。宗一くんは何か言いたそうだったけれど、何も言わず大人しくしていた。  きっとコーヒーが飲みたかったんだろう。だけどそれはオムライスの後だっていい。ここへ来たらまずオムライス。それが通の嗜みだ。 「女の子が好きそうなお店でしょ。お客も多すぎず、値段も高すぎず、駅から近い。さびれた駅だけどね。でもだからこその穴場だよ。デートするならこういうお店にしたらいいよ」  宗一くんは何やら困惑した表情で首を傾げていた。私もそれを見ながら首を傾げる。 「じゃあ次のデートに彼女をここへ連れてくるよ」そんなことを言い出しはしないかと正直私は怯えていた。だけど宗一くんは、首を傾げるだけで何も言わない。  彼女はいないのだろうか。探りながら様子を見てみるけれど、よくわからなかった。なぜ探るのか。もちろん、気になるからだ。  泥で濁った水溜まりみたいな瞳に、何が映るか、試してみたい。 「ここのオムライスはさ、本当においしいんだよ。玉子がふわっふわで、お米も天然水で炊いてて、ケチャップにはコンソメを入れて濃厚にしてあるの。一手間二手間かけて作ってるんだよ。だから味わって食べてね」  今や店とは何の関係もない人間だったが、好きすぎてどうやらかなりの力を籠めて語っていたらしい。あまりに夢中になりすぎてテーブルの水を倒しかけた。  宗一くんがそれをキャッチしてくれる。長い手だ。それに細い。悔しくて折ってやりたくなるぐらいだ。 「ナイスキャッチ。危ないところだったね」  そう言うと、宗一くんは初めて笑った。  目を細めて笑うと、少し子供っぽくなった。可愛らしい笑顔だ。心を掴まれてしまう。
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