4.蠍の火

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「曽野田さんは、何であのサークルに行ったの? 天体観測が好きなの?」  初めての質問だ。嬉しくなった。質問をされるというのはいい。興味を持ってもらえているということだからだ。ただ相槌を打っているだけでは、興味があるのかないのかわからない。むしろない、と言えることの方が多いだろう。 「私、本が好きでね。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』とか、サン=テグジュペリの『星の王子様』とか。その影響で星が好きになったんだよね。それでとりあえず参加してみようと思ったら、ほんとがっかりだったよ。 ただの合コンじゃん、あんなの。合コンサークルって名前にしたらいいのにね。その方が出会いを真剣に求めてる人たちが集まるから絶対効率いいよ」  僕もそう思う。宗一くんに同意してもらえて、思わず笑みが零れてしまった。クールな外見に可愛らしい中身のギャップで周りの女性の心を掴んでいることなんて、彼は少しも自覚していないんだろう。  教えてあげようかと思ったけれど、やめた。知らないからこそ生み出せるギャップなのだ。天然記念物。そのままにしておくのが一番だ。 「それで、宗一くんも天体観測が好きなの?」  宗一くんは首を捻って思案している。何だろう。そんなに難しいことを私は聞いただろうか。青い硝子の置時計を見つめる彼の言葉を辛抱強く待っていると、「星は嫌いじゃない」とぽつりと呟く声が聞こえた。  流れ星みたいに尾を曳く綺麗な声だった。 「でも僕が一番好きなのは、数学なんだ。渦巻いている銀河というものがあってね。その渦巻きを対数螺旋というんだけど、自然界でよく見られるものなんだ。貝殻の渦巻きとか、鳥が獲物を狙って下降する時の軌道とかね。その螺旋のことを色々分析しているのは、数学者達なんだよ」  途端に難しい話になった。数学をはじめ、理数科目は全くできない私は、眉間に皺を寄せてみたけれど、もちろんそれで飛躍的に理系脳になるわけではない。悲しい話だ。 「まあ、つまりは、数学者達が分析してきた銀河というものに興味があるわけだ」  私のまとめは的を得ていたらしい。宗一くんは頷いて、そういうことだねと低い声で言った。  今日の私はどうやら冴えている。今なら数学のテストも百点を取れるかもしれない。
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