4.蠍の火

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 宗一くんは慌てて否定した。そういう自惚れた気持ちで彼が質問したのではないことぐらい私にもわかっていたけれど、ちょっと言ってみたかったのだ。  苛めてみたかったのかもしれない。彼のはにかむ顔は、とてもかわいい。 「退屈そうな男だって、よく、言われるからさ。何でかなって思ったんだよ」  宗一くんは照れているようだった。頬を赤らめて下を向いている彼をにやにやと見つめてしまう。小学生みたいで可愛い。  私は私で新しいおもちゃを見つけた小学生みたいな顔をしていただろう。 「退屈そうな顔をしているとは思ったけど、退屈な人だとは思わなかったよ。楽しい数学の話を聞かせてくれたら、これからもそう思わないはずだけど」 「楽しい数学の話?」 「そう、得意分野でしょ?」  私のお願いに宗一くんは本気で悩んでいるようだった。どうやら楽しいという言葉に囚われているらしく、どんな話をしようかと考え込んでいるようだった。生真面目な子だ。  会話を膨らませるエッセンスとして楽しいという形容詞をつけただけなのに、真剣に悩んでいる。でもその様子が面白いので放っておいた。  暫くじっくり見守っていると、やがて意を決したように彼は私を見つめた。 「僕は、玉子かけご飯が好きだ」  唐突な告白に、なんだかわくわくしてしまった。玉子かけご飯? 私の大好物じゃないか。まさか知っていたんだろうかと勘繰るけれど、オムライスから連想しただけだろうと腑に落ちる。 「玉子とご飯を合わせると、玉子かけご飯ができるよね?」彼は続けた。 「うん、できるね。おいしいよね」私は深く頷く。  私は麺つゆをかけるのが好きだよ。聞かれていないのに言った私も悪いけれど、話をするのに夢中の彼は私の言葉を無視した。ひどい子だ。
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