4.蠍の火

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「ということは、玉子+ご飯=玉子×ご飯という公式が成り立つよね。どちらも同じ、玉子かけご飯。普通玉子かけご飯に玉子は一つ使うだけだから、玉子=1とすると、さっきの公式は1+ご飯=1×ご飯になる。ということは、ご飯=ご飯+1。両辺から(ご飯―1)を引くと、この式は1=2という答えになる」 「なるね。何で? おかしいじゃん」  私が本気で怒ると、彼は驚いたように落ち着けと両手を上げて制した。今から説明するからと必死で宥めてくる。 「1はもともと玉子だったから、ご飯―1はご飯から玉子を取り去ったものだ。だけど、それは不可能だよね。なぜなら、もう玉子は混ぜてるんだ。つまりそもそも、前提が間違ってるんだよ」 「何それ、詐欺じゃん」私は怒る。本気で怒っている。  彼もそれを感じ取って、どうしたものかと困惑している。楽しい数学の話をしろと言ったのは君じゃないか。でも楽しい数学の話をできなかった僕が悪いのか。  そんなことを悶々と考えているのだろう。宗一くんの表情がころころと変わっている。それを見ている今、とても楽しい。 「でも玉子かけご飯を一つ作っていつの間にか二つになったら嬉しいよね」  そう言うと、「さすが文学部だね」と褒めてくれた。  取ってつけたような褒め言葉だった。だけど悪い気はしない。
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