4.蠍の火

11/54
前へ
/211ページ
次へ
「そういう下らないこと、私は好きだよ。その下らなさを排除するような人とは、仲良くなりたくないよね。 これから私は人を判断する時に、今の玉子かけご飯の話をすることにするよ」  宗一くんは思いの外玉子かけご飯の話が盛り上がったので、ほっと胸を撫で下ろしている。単純で素直で、面白い。  話している内に十一時前になっていた。終電だからと、その場を立つ。引き止められるかと少し期待したけれど、そんなことにはならなかった。  彼も一緒に立ち、会計は割り勘し、店の外を出た。星の絵が書いてある硝子の扉を開けると、底冷えする冷気が吹きつけてきた。  寒いと言って抱き締めてやろうか。そんなことを考えたけれど、会って初日でそこまでしたら、完全にただの尻軽女だ。 「ねえ宗一くん、また会えるかな?」後から店を出てきた彼に、そう聞いた。  自分から質問したくせに返事も聞かず、半ば強引に電話番号を書いた紙を渡した。『カムパネルラ』の店の名刺を一枚拝借して、その裏に自分の電話番号を書いたのだ。急いで書いたので字が斜め左四十五度に傾いている。でもまあ、読めるから構わないだろう。  彼はそれを受け取って、どうしたものかと考え込んでいた。強引な女だと思っただろうか。やっぱり軽い女と思われたかもしれない。  だけどどうでも良かった。私はまた、彼に会いたかった。どんな手を使ってでも、彼に、会いたいと思った。一目見た時から、彼の瞳に何が映るのか気になった。  ううん、違う。彼の瞳に、自分を映したかった。その気持ちは時間が経つ度に膨らんで、消えない。 「天体観測サークルを、二人で作ろうよ」  私は恥ずかしくなって、やっぱり返事を聞く前に、じゃあと走りだしてしまった。  肝心な所で臆病だ。電車に間に合わないからだと自分に言い訳して、とにかく全速力で走った。  駅へ着く。  電車が来るまで、十分は時間があった。
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加