4.蠍の火

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 連絡は、一週間待っても、来なかった。  最初の二日はいつ携帯が鳴るかと心待ちにしていて、その後の四日は、彼に警戒されたのだろう、もしくは私のことなど全然タイプじゃなかったのかもしれない、友達になりたいとも思えなかったのかもしれない、そういうわけで、連絡は来ないのだろうという沈んだ気持ちに浸った。  最後の一日には、全てを忘れていた。私は忘れっぽいのだ。辛いことも悲しいこともすぐに忘れてしまう。図太いともよく言われるけれど、状況適応力が高いという褒め言葉なのだと考えている。  そんなわけで彼に対して何の気持ちも抱かなくなっていた一週間と一日経った夜の八時に、携帯は鳴った。  自室で集中して課題をこなしていた私は身体が震えるほど驚いた。知らない番号からだった。彼からの電話だと思い浮かぶこともなく、変な勧誘だったらどうしようと思いながらも、例えば今旅行中の妹が交通事故にでも遭ってその病院先からの電話なんじゃないかと怯えて、恐る恐る携帯電話を耳に当てた。 「もしもし?」 「曽野田さん? 尾崎です」  宗一くんだった。不安や怯えなど一瞬で消え、飛び上がりたいほど舞い上がり、椅子に座っていることを忘れたまま実際飛び上がろうとして腰を浮かし、膝を勉強机の裏に強打した。とても痛い。一瞬言葉を失った。 「もしもし?」不審そうな宗一くんの声が携帯から伝わってくる。何でもないのと私は言った。痛みを堪えながら言ったから思いの外声が低くなってしまった。  不審を解こうと声を出したのに、さらに不審がらせたかもしれない。 「明日だったら時間があるんだけど、天体観測、する?」宗一くんの声は、普通だった。憎たらしいほど自然に誘ってくる。だけど私は一瞬で血が頭まで昇った。耳の奥で血液が流れる音が聞こえる。  明日。  明日は両親と出掛ける約束があった。随分前からの約束で、おいしい隣町のレストランで食事をしに行く予定だった。かなり人気のレストランで、一カ月先まで予約は埋まっていたところに、ようやく滑り込むことができたのだ。  それを行かないなんて言ったら、どれだけ不興を買うことか。 「する。何時にどこに待ち合わせする?」
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