4.蠍の火

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 奥野山は私の家からバスで三十分程のところにある、地元では有名な山だった。  標高四百五十メートルぐらいの低い山で、気軽にハイキングをするにはもってこいの隠れ名所だった。登って下りるだけなら二時間程で行ける。  私がイエローとパープルのウィンドブレーカーを羽織り、ベージュのパンツにベージュのトレッキングシューズ、パープルとイエローの縞縞ソックスにリュックを背負って待っていたら、宗一くんが紺色の薄手のコートにジーパン、普通のスニーカーで現れた。  これだけ気合いを入れて登山服に身を包んだ私が馬鹿みたいだ。大体ジーパンを穿いてくるなんて、登山する気があるのか。そう怒鳴ってやりたかった。  そんな私の睨みをどう捉え違えたのか「遅れてごめん」と遅れていないのに宗一くんは謝ってきた。気が弱いというか、優しいというか。少し呆れる。  まあいいか。気持ちを切り替え、二人で山道を登る。すぐに気持ちを切り替えられるのが私のいいところだ。せっかくの天体観測登山デートを楽しまない手はない。運動は得意ではなかったけれど、幸いトレッキングシューズが足にぴったりで、軽快に土を蹴ってくれる。  奥野山の三分の一を登りきるまで、宗一くんはずっと無言だった。色々と話したいことがないわけじゃなかったけれど、彼が何か考えているようだったので、話しかけることができなかった。  この登山も、彼には何か意味があることなのだろうと思ったからだ。 「曽野田さんは、どうして文学部に入ったの?」  山道のかなり急なカーブに差し掛かり、静かに人知れず疲労に項垂れていた時、宗一くんが質問してきた。  息が上がっていて、すぐに答えることができなかった。何でもっと平坦な道の時に質問してくれなかったのかという怒りも込み上げてくる。
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