4.蠍の火

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「大体さ、宗一くんは偏ってるよね」  むっとしたような顔で、彼は私を睨んできた。私も負けじと睨み返す。睨みで負ける気はしない。あと読んだ小説の数だって負けない。 「頭はいい。情熱もある。知識は深いし推測する能力もある。だけどそれが発揮されるのは、数学に対してだけなんだもん。これを偏っていると言わずして何と言えばいいの」 「偏ってちゃ、駄目なのか」宗一くんが言い返してきた。  だけど勢いで負けている。目が泳いでいるし、腰も引けている。私が身を乗り出しているのもあったけれど、完全に私の勝ちだ。 「いいよ。人は偏るものだもん。でもどっちか一方だけっていうのはね。たまには逆方向にも行ってみなきゃ」  だから本を読んでみなよ。私が言うと、銀河鉄道の夜は読んだよと仏頂面の宗一くんがまた言い返してくる。一冊読んで満足するとは何事か。全く、信じられない。何て可愛い仏頂面なんだろう。  天体観測から半年が経った。国立大学が休みの日曜日に宗一くんのアパートに行って、二人で一緒にいることが普通になっていた。  平日と土曜日はバイトで忙しい彼だが、日曜日だけは私との時間のために空けてくれている。優しい人だ。これで数学以外の話題も膨らむようになれば、完璧に近い男性だった。  宗一くんは今年の春、大学の入学式の次の日に、お父さんを亡くした。お父さんは数学者で、私達が通う大学の隣にある大学で数学に関する研究をしていたらしい。  それを聞いて、宗一くんの数学好きも納得がいった。彼も後を追うべく数学の道に進もうと決心した矢先に、尊敬する数学者は癌で亡くなったのだそうだ。
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