4.蠍の火

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 言葉は無力だ。  私はどこにも行かないと言ったところで、彼は信じないだろう。信じていると思っても、心は両親が死んだ時の悲しみを覚えていて、その苦しみから自分を守ろうとして、どこかで私がいなくなった時のことを考えてしまう。  宗一くんは、そんな人だった。そしてそんな彼を癒すには、私はまだまだ力不足だった。  第一、私の両親は健在で、親戚でも去年ひいおばあちゃんが亡くなったぐらいで、両祖父母や従兄妹、兄妹はみんな健康に生活していた。親しい人が亡くなったこともない。  失う悲しみを、私は知らなかった。想像するしかない。だけど小説を読んでいる割には、私の想像力は乏しすぎた。  私はどうやって彼に自分の想いを伝えるか、ずっと傍にいて離れるつもりがないことをどうやって理解してもらうか、考えた。ない頭を捻って考え続けた。  夏はお祭りに行って、一緒に金魚すくいをした。宗一くんは私が五匹すくう間に二十匹すくっていた。店の人がもうやめてと言わなかったら、延々とすくい続けただろう。  リンゴ飴と冷やしパインを半分こして、焼きそばとタコ焼きも食べた。よく食べるなと呆れられたけれど、かき氷も食べた。  輪投げでは私が水鉄砲を当て、宗一くんはクジで玩具の指輪を当てた。それを照れながら、私にくれた。照れている様子は可愛いかった。抱き締めてやろうかと思ったぐらいだ。  だけどそれ以上に、この思い出を抱き締めてくれたらいいなと思った。  野球の試合も見に行った。大学の野球部を応援するために球場まで足を運んだ。静かに観戦する彼の横で、私は大声で大学名を叫び続け、次の日は声が出なくなってしまった。叫び過ぎだよと、宗一くんに笑って叱られた。その時言ってよと言い返したかったが、声が出なくて断念した。  奥野山にも何度も登った。自称天体観測サークルだった私達は、毎年奥野山へ登った。温かいコーヒーを入れた魔法瓶に、アーモンドの入ったチョコレートを持って、二人で歩く。  肌寒くて宗一くんを盾にして歩いていると、危ないからと手を繋いで引っ張ってくれた。  繋いだ手は、温かかった。
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