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自分は死の瀬戸際にいるというのに、きっと不安で、怖くて仕方なかったはずなのに、人の幸せのことばかり心配していた、彼女なら。
細道君が、『カムパネルラ』の小さなフロアを揺らすぐらいの大きな声で、誓いの言葉を述べる。
その命ある限り、彼女を愛することを誓いますか?
張りのある、力強い声。
「誓います」
噛まずに言えたことに安堵し、真緒のご両親に挨拶へ行った時のことを思い出す。
あの時は最大に緊張していて、途中まで何を話していたのか思い出せない。
覚えているのは、お嬢さんを僕に下さいと発言し、後で真緒に怒られたことだけだ。
今度は舞を見て、細道君は二度目の誓いの言葉を述べている。
心臓は高鳴っている。だけど驚く程、心は穏やかだった。
こんなに自然と、真緒のことを考えることのできる日が来るとは、とても信じられなかった。
彼女を失った時は、この大きな悲しみの中に居続けるか、あるいは忘却することでしか、生きていけないと、そう、思っていた。
随分と長い間、僕はそう思っていて、孤独の渦の中に漂っていた。
誓いますという、舞の声。僕は意識を現在に取り戻す。
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