1.北十字

3/63
前へ
/211ページ
次へ
七畳のマイちゃんの部屋には、テーブルとベッドと小さなテレビ、そしてたくさんの本が詰まった本棚がある。 その本棚は、天井まで伸びた木製の大きなもので、月給が少ないのにかなり奮発して買ったらしい。真っ白に塗装された本棚は、マイちゃんの部屋にとてもよく似合っている。 本棚に並んでいるのはほとんどが小説か参考書なのだけれど、その中の隅の隅に、数学の知識書が置いてあるのを私は知っていた。でも私が知っていることを、マイちゃんは知らないだろう。 マイちゃんは可愛い。二十五か六歳だけど、十八歳と言っても通じるぐらい童顔で、笑うとえくぼができる。ほっそりしていて、身長はそんなに高くない。髪型はショートボブを内巻きにしていて、前髪がパッツンだ。これが、絶妙にださい。顔が可愛いから笑い話で済まされるけど、なんというか、紙一重でださい。そこだけが残念だけど、完璧ではないのはマイちゃんらしくもある。 小学校で生徒のアイドル的存在だったマイちゃんと、教室の隅っこで本を読み耽るだけだった私が仲良くなったのは、夏目漱石の『坊っちゃん』がきっかけだった。 私が放課後に教室で『坊っちゃん』を読んでいると、マイちゃんから話しかけて来たのだ。小学生で『坊っちゃん』を読めるなんてすごいねぇと言ってきた。 だから「私はお世辞が嫌いです」と返したら、「それだから好いご気性です」と言ってうふふと笑って返してきた。瞬時に引用の返しができるなんて、相当の読書家だと思った。 それまで頼りなさそうなマイちゃんを少し馬鹿にしていたけれど、うふふと笑える女の人はそういないなぁと思うと、仲良くなってみたいという気持ちがふと湧いてきた。それから何度も話しかけてみると、やっぱり頼りなかったけど、私と同じく本が大好きで、とても純粋な人なんだとわかって、マイちゃんを大好きになった。
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加