愛ゆえに遠くて

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 相手の仕事の心配をしている2人。異常な行為をし続けている男を挟んで、まるで戦友、ナイトのように見守り続けながら、持っていた携帯電話はすっと消え、シルバーリング3つをつけた手はあごに当てられる。 「俺も打ち合わせは午後からだ」  カーキ色の瞳にはベッドの天幕が入り込み、まるで暗号のようなことを話し出した。 「今日は無理だ」 (向こうへは行けん)  鋭利なスミレ色の瞳と無動のカーキ色の瞳はベッドの手前でクロスするように交わされた。 「俺が貴様らの分をPCで何とかする。だから、心配するな」 (当の本人が倒れているのに行けないだろう!)  赤髪の男はレースのカーテン越しに見えるライトアップされた噴水を横顔で見ながら短く響く、侘びという名の裏が隠された言葉で。 「頼む」 (すまん)  PCで何かをすると言い出した男の鋭利なスミレ色の瞳の視界は急に揺れ出した。 「部屋に一旦戻る」 (1人になる)  相手が言ってくる言葉の裏はわかっている。カーキ色の瞳は窓の外を眺めながら、ベールという名の最低限の言葉を口にした。 「わかった」 (泣いて、戻ってこい)  ドアの前から、銀の髪と鋭利なスミレ色の瞳はすうっと消え去った。未だに、何かに取り()かれたように響く。 「あぁっ! んんっ! くっ! あぁぁっっ!!」  窓を張り裂くような遊線が螺旋を描く男の声を聞きながら、赤髪の男の脳裏に思い出という残像が浮かんでは消えてゆく。 「…………」 (お前は昔からそうだった。  人のことを優先で、自分のことは後回し。  体が弱くて、よく倒れて……。  それでも、人に迷惑をかけないために、誰にも頼ろうとせず……。  俺に頼れ、全てを受けて止めてやる。  お前を愛している)  愛ゆえに伝えられない言葉、待つしかない立場。それをひしひしと感じながら、薄暗い部屋で狂ったような断末魔が繰り返されていた。  ――――合わせ鏡のようにどこまでも続く廊下の上に、ゴスパンクのロングブーツが突如立った。モデル歩きを数歩していたが、不意に立ち止まり、そのまま横斜めに倒れ、肩で廊下の壁に寄りかかった。
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