デジカメ

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 春が来た。  でも、彼女は冬を越せなかった。  病室の窓から中庭を覗くと、そこにはあの日彼女が雪の中で写真を撮っていた梅の木が佇んでいた。  その木を見ていると、急に鼻の奥がつーんとして、僕はすぐさま窓から視線を外した。  そして、外した視線の先に何かがあるのを見つけた。  それは病室の棚の隅っこに隠すように置かれ、埃を被っている。  僕はそれを拾い上げた。  それは彼女のデジカメと、封筒だった。  どきりと胸の奥が跳ねる。  封筒を開けると、そこには何枚かの写真が入っていた。  1枚目は、病院の正門にある桜の写真。  去年の春、丁度僕が入院した頃の写真だろう。  2枚目は、病院の花壇に植えられている向日葵の写真。  いつか一緒に海に行こうって約束したっけ。  3枚目は、病院の裏庭にある紅葉の写真。  彼女に告白されたのはこの頃だったっけ。  あの時は正直驚いて何がなんだか分からなかったけど、今にして思えばもう自分ひとりで耐えられるところを越えてしまっていたのだと思う。  4枚目は、あの日撮った梅の木の写真。  やっぱりピントが合っていない。  でもそこには、しっかりと彼女の世界が遺されていた。  このちっぽけな、それでいて様々に色を変える世界。  彼女が迫り来る時を感じながら、日に日に霞んでいく両眼で捉えていた世界。  急に涙が溢れて止まらなくなった。  それと同時に、身体の奥底から溢れてくるものを感じた。  僕は病棟を飛び出して中庭に出た。  ふわりと風が吹き、僕の元に梅の香りを運んで来た。  僕は木に咲いた梅の花に向けてデジカメのシャッターを切る。  この写真は届くだろうか。  いや、届かせてみせよう。  君の世界は、今も新しい生命を咲かせているよ、と。
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